【職場】異常な職場で働いた経験談まとめ

昨今働き方改革だなんだと騒がれておりますが、

未だにやばい企業というのは存在しています。

というわけで今回は、「異常な職場で働いた経験談」を纏めてみました。

聞いてみたポイント

・いつ頃働いていたか
・どういう仕事か
・どういった職場環境だったか 
・給与、休み等の労働条件はどうだったか
・職場の雰囲気 
・務めていた時の心境
・どれぐらい務めて辞めたか

主にこれらの点について聞いてみました。

では、実際の経験談を見ていきましょう。

体験談

地獄の暑さのドーナツ店 (女性・20代)
私は大学生の頃、学費稼ぎのためにとある有名ドーナツ店のキッチンで働いていたことがあります。
そこではドーナツのチョコのコーティングや砂糖をかける仕事をしていましたが、
何分油を使う環境なので、クーラーが入っていてもとにかく暑い職場でした。
しかも働く時間は午前5時から午後4時まで。
それがほぼ毎日。
貰える給料も最低賃金ギリギリで雀の涙…。
店長いわく早く仕事に慣れて欲しいがためのシフトだったらしいですが、
もともとあまり体力のない私にとっては地獄同然でした。
勤めている同僚も年上のベテランばかりで、入ってきたばかりの新人だった私は相談もできず、
結局働いていた期間は春休みの1ケ月だけでした。
そして何より恐ろしいのは、
傍から見ても身に余る過酷な作業をされていたにも関わらず
(実際家族からは早く辞めるよう助言されていました)、
職場で心配してくれる人が誰もいなかったこと。
仕事中に何度か貧血で倒れたこともあったのですが、
同僚は「仕事に慣れたらそんなこともなくなるよ?」と言うだけでした…。
眠れない上に罰金もある運送会社 (男性・40代)
岡山の運送会社ですが、結構異常な職場でした。
10年ほど前に働いたのですが、
大型トラックのドライバーとして全国津々浦々配送業務をしていました。
出発は大大抵岡山からです。
例えば月曜の昼から岡山の工場で製品を積込みし夕方に岡山を出発します。
通行するルートは決められていますので、
最寄の高速道路を使用することはできないので、
下道を走り兵庫の明石から高速に乗ります。
夜通し走り東京方面や東北方面へ向かいます。
東京に着く頃には空が赤くなり始めている時間です。
そのまま東京で荷降ろしし、
帰りの荷物をまた東京近郊で積込み後、夕方出発します。
帰りは広島到着であったり、兵庫や鳥取やど様々です。
水曜日の朝到着になります。
殆ど眠れないわけです。これが毎週どころか年がら年中ずっと続くわけです。
ねる時間はおろか食事をとる時間もあまりないので、
コンビニのパンやおにぎりなど簡単なもので、飲み物は缶コーヒーです。
これらの事は別に異常な事ではなくごく普通におこなわれている業務です。
話が長くなりましたが、
私が異常だと思うのは朝の指定時間にたとえ10分でも遅刻した場合、
働いている会社に連絡があり、1回あたり3万円も給料から罰金がひかれることです。
岡山から東京や茨城方面に寝ないで走り、ほんの5分や10分遅れただけで3万も、
それも1回で罰金としてひかれるのは普通でしょうか?
元々の給料も手取りで30万ありませんでした。
そんな職場だから雰囲気もよくはありませんでした。
私は3か月我慢しましたが、将来性が全くなく、
死んでしまっては終わりなので、3か月で退職しました。
客の前でも怒鳴るおばさんがいる職場 (女性・10代)
高校二年生の時に飲食店のホールスタッフとして働いていた時のお話です。
主な仕事内容は、お客様を席にご案内し、注文を取り、
できたお料理をお客様の席までお持ちするものでした。
ですが、そこのホールを仕切っているおばちゃんが曲者でした。
お客様の前なのに、私を呼び捨てで呼び、
ほぼ怒鳴るような感じでテーブルの片付けなどを指示する方でした。
次々に怒鳴りながら指示をされたので焦ってしまい、オーダーミスを多発しました。
最初の契約は四時間だったのに六時間のシフトを組まれたりもありました。
ただただ、おばちゃんが恐ろしくて、泣きながら仕事をしていました。
そんな状態だったので一か月で辞めてしまいました。
今は違うところでアルバイトをしていますが、楽しく働けています。
無能な若者経営者が滅茶苦茶なことをする職場 (女性・50代)
今から15年位前の話です。
しょっちゅう求人が出ていて気になって事務職として働いたのですが、
貸し出した土地が大当たりして急に大金が手に入り使い方がよくわからないのか、
この田舎のどこの誰がそんな下品な家具を買うんだと、
ツッコミをいれたい高額値札のついた物質に囲まれて経理処理をしてました。
私が入社すると同時に前の事務員がみんな辞め、
謎に思ってましたが、直ぐ理由が、わかりました。
同族経営の会社で経験もない若造達が管理していたのです。
彼らは言ってる事もやってる事も無茶苦茶で、
週2日の休みをとってたのでその日に休んだら、
いきなり無断欠勤扱いしてきました。「その契約ですよね?」
と、聞いたら、「今はそんな状況じゃない」等といちゃもんをつけてくる始末。
新しい事務員が来るのを待たず一ヶ月で辞めましたが、
何故か2年後に、「源泉徴収票在中」とかかれた空の封筒が送付されてきました。
おかしいと思い、労基署へ相談に行きましたが労基署も手が出せない様子。
代議士が後ろ盾してるようです。世の中、そんなもんです。
その後、直ぐ引っ越しましたが、おそらくまだ源泉徴収票在中とかかれた空の封書が、
旧住所に送られてると思います。
労働時間制限なしの中小マーケティング業 (男性・30代)
現役で働いています。仕事内容はマーケティング関係でした。
コンサルティングのような仕事なので、
企業さんからお仕事をもらい納期までに調査結果やレポートを出す必要があります。
職場環境は良くなく、労働組合がない企業です。
上場もしていない中小なので労働時間の制限もありません。
異常な時の年収は500万円程度した。
今思っても格安すぎてつらいです。休みは土日祝ですが、前述の通り納期があります。
そのため、納期に間に合わせるために休み返上で働いていました。
クライアント企業の目的や経営ゴールを達成するための仕事なのでやりがいはありましたが、
やはり労働環境は異常だと思います。
月曜から金曜まで会社にとまって自席で突っ伏して寝てました。
1日22時間労働×5日間、土曜日は18時ごろまでぶっ続けで仕事。
日曜日は死人のように寝てました。
ほぼ24時間労働のパン屋 (男性・50代)
もう10年前の話です。
都内の某有名パン屋で働いていました(隣にフレンチレストランを併設)
一応責任者で呼ばれたので給料は約50万。
休みなど、すべて任せるということでした。
ただ実際に入社してみると、生産量に対して人員があまりにも少ないという状況。
従業員に現状を聞いてみると、ほとんど24時間労働だと。
実際、初日の朝6時半に出勤してみると、前日の仕事をまだやっている最中でした。
そんな状況だったので自分が何とかしないといけないと思い、いろいろ頑張ってみたのですが・・・。
結果は私自身も朝6時半に出勤して、仕事が終わるのは早くても夜中の12時。
遅ければ帰ることも出来ず、そのまま厨房内で寝ていました。
ちなみに休みは一切無し。
それでも職場の人間関係は悪くなかったので、頑張ってみることに。
そんな状況が1年続き、限界を感じて辞めることにしました。
しかしそれで終わりではありませんでした。
何を考えたのか、その会社が材料の業者を使って私の変な噂を業界内に流したんです。
もちろんそんな噂はすべてデタラメ。
それでもその後の就職に大きく影響しました。
あとで知ったのですが、そこの会社の管理職はすべて在日韓国人。
とんでもないブラック企業に就職してしまったと悔やんでも悔やみきれませんでした。
食べ残しを出すホテル (女性・50代)
1年半前に、ホテルの洗い場に務めていました。
初めて、大量の食器の洗い場へ、勤務しました。
かなりの量の色々な重い食器、豪華な食器がありました。
先輩がものすごく意地悪な人で、私には名前があるのに、
いつもあんたと、呼ばれ苗字を呼ばれた事は一度もないです。
その人のせいで、10人以上人が辞めたようです。
何かにつけ、怒られるし、ついてきて、文句言われるし、怖かったです。
1年近く勤めました。
あまり言ってはいけないかもしれませんが、
下がってきた大皿のフルーツや、お客さんの食べ残しをまた入れ替えて、
盛り付けて、新しいお客様に出すのです。
捨てようと、したら、怒鳴られました。
食べ残しを出すのは、異常だと思います、ルール違反です。
休みは、取りにくいし、給料は安かったです。
他の部門の人は優しい人が多くいましたが、3人で、洗い場でした。
他の一人は、その婆様に、とりいって、助けてくれませんでした。
とにかく、行くのがいやで、家でよく泣いていました。
努力と評価が見合わない独立系ソフト会社 (男性・50代)
2000年ごろに独立系のソフト会社である財団の下請けの公共機関のシステムの保守をしてました。
毎週2日ほど データのメンテナンス が仕事です。
作業自体は元受けが作ったデータを投入するだけで、
確認も定型の処理を行うだけであとは1日座って報告書を書くだけ。
給与は独立系のソフト会社としてはいいほうでした、
保守以外の仕事は納期前は残業・休日出勤が当たり前だったかな。
で、必死になってやってる仕事は労力3倍で客の支払いはシステム保守の1/3以下....
週2日の保守は休みのようなものでよかったけど、
残りの日の努力と努力に対する金額の評価のギャップに心がすさんで5年で辞めました。
社長の個人営業でとった保守の仕事でもっているような会社で、
雰囲気は悪くなかったけど務め続けていたら何も身につかないで年だけとったと思います。
セクハラが酷いインターネット番組技術職 (女性・20代)
2013年12月から4年程働いていました。
インターネット番組の技術職でした。
音声や制作、人数が足りない時はカメラマンとしても稼働させられていました。
女性社員が少なく、とにかく男社会といったような環境でした。
給与は良かったですが、休みが少なく残業は一番多い時で180時間を超えていました。
職場の雰囲気は一部を除いてアットホームな雰囲気でしたが、
技術職なので好き嫌いが激しい方も多くよく喧嘩をしている人もいました。
私は一番経験も浅く、年下だった為、皆さん優しくしてくださいました。
しかし、結婚はまだしないのか、今付き合っている奴はどんな奴なんだ、
そんな奴とは今すぐ別れろ等のセクハラがひどく、
社長から電話が来たと思ったら1時間ほどその話でした。
時間も不定期だったのと心労が祟ったのか、体調を崩してしまい4年ほどで退職しました。
その後も何度か社長から、結婚はまだなのか等連絡が来ましたがそれも2ヶ月ほどでなくなりました。
営業の怒鳴り声が響く専門商社 (女性・40代)
今から10年近く前に、専門商社に派遣されました。
その商社は都内某所にあり、一部上場企業のグループ会社でした。
扱っているものは食肉。初めての食品関連のお仕事です。
内容は事務ということでしたが、もう営業以外はすべてやらされるし、
営業さんは恐ろしくて(常に怒鳴り声が響く環境)聞きたいことも聞けないし最悪でした。
前任者がやめるということで引継ぎがあったのですが、前任者うまく引き継げないんですよね。
えぇ、その方、心を病んでまして・・・お話するのもやっとな感じ。
なんでも職場の雰囲気、仕事内容と進め方
(ほぼ営業さんの奴隷的な扱いで夜9時過ぎに普通に作業依頼があるなど)
もろもろで病んでしまわれたそうで。
私もここにずっといたら病んじゃうかも・・・って不安でいっぱいに。
一週間私も働いてみましたが終電間際まで普通に作業が毎日ある。
え?ですよね。社員じゃないし。
前任者の方は勿論説明の段階からそうなので質問もできず、
すぐに派遣会社の営業を呼び事情を話しました。
その日の午後、営業さんに事情を説明し、一週間後取引先とうまく調整してもらって
トライアルの段階で辞退するということになりました。
今でもその会社の転職サイトの口コミをたまに見てみると、すごいことがたくさん書いてある。
早く見極めて本当に良かった!

まとめ

職場の雰囲気含めやばい職場と、雰囲気は悪くないけど、
仕事的に異常で辞めるという人もいるようですね。
多くの企業で人不足と言われる中ですので、
人を集める意味でも、快適な職場が増えることを祈るばかりです。
というわけで今回は、「異常な職場で働いた経験談まとめ」 でした!
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